グループ展で得るもの

キューブリック展の作品(4点出した中の1点。他の作品は過去日記にアップしてます)

自分の絵がどう見えてるか

40過ぎて絵を真剣にやっていきたいと思って7年くらい経つ。

いちどあきらめた世界へ再びです。

なぜもう一度イラストレーターを目指したいと思ったかはまた何かの時に書きます。

(溜めるほどの事じゃないけど)

これまでの展示回数5回(全てグループ展)

毎回反省点がある。

そして毎回悔しいという思いをする。

ずらっと並んだ絵の中に自分の絵がどう見えるか。

問題点が一目瞭然なのです。

ギャラリーに入った時にどの絵が目に入るか。

自分の絵が埋もれてないか。

どう見せれば目立つか。

普段コツコツ絵を描いてその都度SNSでアップしていくという宣伝、練習も大事だけど、たくさんの作家さんと展示に参加するのがとても刺激になるし、お客さんの意外な反応があったり、普段の数倍学ぶことが多い。

例えば今まで絵のことばかり考えていたけれど、ギャラリーの雰囲気も考えた飾り方とか、見せ方、演出とか。

普段ではあまり考えない頭を使う。

忘れられない初めての展示

ちなみに初めて展示に参加した時の自分の絵はひどいもんだった。

何点か出した絵のタッチがみんなバラバラ。

色もモノクロだったりカラーだったり。

描いてる時はいいと思って描いてるからわからない。

他の作家さんの絵と並べた時に初めてわかる。

こりゃダメだ。

作品に全く統一感がない。

見てられなくなって絵を下げたくなった。

お客さんに絵を見てもらうのも恥ずかしかった。

「あの人、本の編集をやってる人だから名刺交換した方がいいよ」と一緒に参加してた活動歴も長く実績豊富なイラストレーターさんがせっかく言ってくれたのに、自分の絵に自信なさすぎて名刺交換しなかった。

きっと変な人だなぁと思ったと思う。

忘れられない展示です。

あの、いたたまれなくて悔しい経験をしてから絶対に上手くなりたいと思った。(今も)

以来、展示の時は一緒に参加した作家さんそれぞれのいい部分をもらっちゃう。

そしていい絵もたくさん観て、自分の血となり肉にしている。

貴重な体験をしたなぁと思っている。あの最初の展示で感じたことがあったから今がある。

展示の参加は収穫が多い。

そして自分の名前を知ってほしいためにはやっぱり個展なのかな。

なかなか一歩が踏み出せないでいるけど。

やってみたらきっと2回目、3回目とグングン行ける気がする。

個展、気になってきた・・

ピーター・ドイク展

「ロードハウス」
色使い、3分割されている表現も面白い。

いいなと思った作品を紹介。

フライヤーに使われている ↓ 原画もきれいだった。

「ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ」
タイトル?
バランスがいいなぁ

映画の絵もたくさん展示してあって、即行で描いた感じが面白かった。

「エレファント」
この象いい。

「フランシス・ベーコン」
明るいオレンジの使い方が好き。

「羅生門」

「座頭市」
う〜〜〜ん・・

常設展が良かった

パウルクレー、カンディンスキー、横山大観、岡本太郎、岸田劉生…

原画が観れてよかった。

「坂」岸田劉生

岸田劉生「坂」

土の盛り上がり、全体のオレンジっぽい色味、熱気を感じる。

電柱2本の影も効いてて面白い。

空の青味と坂のバランスもいいなぁ。

他の展示の絵に比べて小さい絵だったけど力強くて目を引いた。

「海」 1929年 古賀春江
自然なものと人工的なものが合わさった海。なんだか面白い!

タイトル 作者?
なんか惹かれた作品。

「岩と人」大沢昌助 1940年
少女の着用しているオレンジがきれい。視線も面白い

「椅子による女」1931年 吉岡堅二
会場からスルーしそうになった絵だけど、観ていてだんだん惹かれていった。
椅子の白、靴、カフス、えりの白がきれい。
女性、木、黒いテーブル、それぞれに存在感があっていいなぁと思った。

カンディンスキー
色もいい。リズムを感じていいなぁ。

パウル・クレー「小さな秋の風景」
抽象画は苦手だけどパウル・クレーの絵は昔から好き。
ぱっと見て感じることが出来るからかなぁ。

岡本太郎。 タイトル?
この絵を見て、燃えよドラゴンのブルースリーの名ゼリフを思い出した。
「考えるな、感じろ」

これは絵画ではなく工芸品。染めの展示。
縦の模様と横の織りが絵画のように見えて面白い。色もいいし、いいなぁ。

Kobayashi Takanobu 1994年作品

公園の水飲み場の絵。

油彩画。

空気を感じる。配置、空間とのバランス、光の表現がポイントか。

モノクロが余計に想像を膨らませる。

説明書きの言葉が面白かった。

「アトリエまでの道すがらの公園にある水飲み場に、木漏れ日がちらつくのが目に留まり、それをじっと見ていると、言葉にはならない何かに満たされて、その感覚を絵に描きたいと思った。目に見えない抽象的なその感覚を描くには、実際に見たものの形や光の状態を手掛かりにして絵を描き、描いた絵から自分が感じた何かが感じられればよいのではないかと考えて、木漏れ日がちらつく水飲み場の絵を描いた。」

なるほどと思った。

「絵は言葉」誰かが言ってたのを思い出した。

昔の人の作品を見るのがやっぱり好きだな。

この水飲み場の絵を描いた作家さんは1960年生まれって書いてあった。まだ60才くらいの作家だった。笑

構図、空間、色彩…

勉強になるなぁ。

近代美術館の「眺めのよい部屋」から見る景色がいい。

皇居が隣。

その名のとおりです。

お腹いっぱいになりました。

ちなみに展示は10月11日までだそうです。

父のおともで文楽へ

キューブリック展無事終了。ありがとうございました

4点展示したうちの2点を紹介。

「博士の異常な愛情・・」を描いたのですが来場された方からシャイニングのオープニングですねって言われた。笑。確かに・・雪山だったかな。

13日(日)スタンリー・キューブリック展無事終了しました。

今回もとても学びの多い展示となりました。

そしてたくさんの刺激をもらいました。

この御時世にもかかわらず大勢の方にご来場いただき、来られなかった方も含めてありがとうございました。

父のおともで文楽へ

文楽を見たことがない。

敷居が高い気がして・・

↑ この「敷居が高い」という言葉の使い方は間違っているらしい。

この小説の中で主人公の父が間違いを指摘する箇所があり、そこを読んで私も本当の意味を知ったのです。(ちょっと恥ずかしい)

正式には

『相手に面目がなく家に行きにくいこと』

のようです。

気軽には行きにくい、という意味で使う言葉ではないようです。

勉強になりました。

元夫にムカムカ

話の中で別れた夫に対しての主人公、佐和子の感情にすごく同情する。

元夫が弁護士ということもあり離婚時のやりとりが圧倒的に不利となるようにされた佐和子の気持ちがやりきれない。

子どもを立派に育て上げたいと思う気持ち。しかし経済的に元夫に頼らざるえない悔しさ。

元夫の振る舞いには腹が立つ。

弁が立ち、相手を貶め自己正統性を強調。

情のかけらもない。

なんか色々思い出すわ〜

そして、そんな主人公、佐和子を思う父の優しさが泣けるのです。

文楽を観てみたい

この小説を読んで、いちど文楽を見てみたいと思った。

文楽の話ってけっこうなドロドロ話。

心中もの、不倫、裏切り、子どもに毒味させる親・・・

昔からあったことなんだろう・・

怖い世の中は変わらない。

父から誘われた文楽鑑賞をきっかけに、主人公、佐和子の心がだんだん和んでいくのです。

いいじゃないか。自分を自分で褒めてやらないでいったい誰が褒めてくれる。努力なんてめったに報われないんだ。報われたら御の字とでも思っておきなさい

父のこの言葉がとても残りました。

そ、報われたら御の字・・そう考えると気持ちが楽チン。

(本のカバーイラストを担当したので宣伝しました)

デザインは、瀬戸内デザイン 小川恵子さんです。

バリー・リンドン

今回の展示でバリー・リンドンを描いている、すが ゆりさんの作品です。
ライアン・オニール似てる!

9/8日(火)〜13日(日)までキューブリック監督作品展

(キューブリック作品紹介)

1975年公開。

この作品を見終わった後、思い出したのが「白い巨塔」。

え??って思われる人もいるかもですが・・

貪欲な出世欲。八方美人。チャンスを逃さない嗅覚。

しかし最後は虚しくも…

そう、全ては自分が撒いた種。

やっぱり人の怨みを買うようなやり方はいつか自分に返ってくる。

そんなことを思った。

前半と後半があり、なぜ出世に貪欲になったのかが前半がカギ。

出会った女が悪かった。

貪欲なバリー役を演じたのがライアン・オニール

「ある愛の詩」のオリバー役も。

淡々と一人称で語るナレーションもよかった。

とても面白い作品で、3時間の長尺だけど最初から飽きることなく観れた作品でした。

しかしあの時代の人たちは喧嘩となるとすぐに決闘を申し込む。

決闘は第三者立ち合いのもと行われることが多かったらしい。互いに数十歩背を向けて歩いてから振り向き合図で撃ち合う。動作の早いものが勝者となるとwikiに。

話の中では、背を向けて歩くというルールが無かったから、最初に撃つ人が当然有利なわけで。その辺りがよくわからなかった。

しかしあの時代の人々はもっと中間の解決策はなかったのか。生きるか死ぬか。命がいくつあっても足りない。

そういえば侍映画でも決闘シーンがよくある。

命よりもプライド優先。

映画評論家 町山智浩氏によると

スタンリー・キューブリック監督『バリー・リンドン』(75年)。18世紀、英国の植民地だったアイルランドで貧しい青年バリーが英国貴族にのし上がっていく3時間の大作。かの蓮實重彦先生はこの映画を「『嗚呼、花の応援団』と比較すべき荒唐無稽なコメディ。観ている間、正確に37回笑った」と評した。その意味は、避けずに弾丸を受けて行く横列行進、映画の最後の字幕、幻の企画『ナポレオン』に隠されている!

「映画その他ムダ話」より

言われてみれば確かに。

しかし私は笑ったシーンなど全くなかった。

避けずに弾丸を受けまくる横列行進は、え!なぜ??なぜ攻撃しないのか・・謎で頭がいっぱいになった。

そりゃ撃たれるでしょ!ほんとに謎だった。でも笑いはしなかった。

横列行進はナポレオンの歴史に関係あると推測。

ちょっと調べたら・・

横隊は、歩兵を横に数列に並べる戦闘隊形であり、広い正面への攻撃力を最大化できる性質を有する。歴史を通して最も標準的に用いられてきた隊形でもある。

横隊wikiより

↑ だとしてもね。映画のシーンは鼓笛隊もいた。実際ナポレオンは士気を高めるために鼓笛隊も列に入れていたのか??それ以上はよくわからない。

しかしこの作品のどこに笑いがあったのか・・町山氏の先生と言われた方に聞いてみたい。きっと話盛ったな。笑

映像がきれい

キューブリック作品はまだ4作品ほどしか観てないけど、どれも映像がきれいだという印象がある。

この作品、wikipediaにアカデミー賞の撮影賞、歌曲賞、美術賞、衣装デザイン賞を受賞したと書かれていた。

うん納得。衣装の素晴らしさ、重厚な音楽、ほんとに素晴らしかった。

アカデミー賞を受賞するなど評価は高かったものの興行的には苦戦し、制作費回収には年月を要した。著名な原作とスターを起用した娯楽作品による興行的な成功を目指したキューブリックが次の作品として選んだのが、スティーヴン・キングの「シャイニング」である。

いい作品がいい興行につながるとは限らないらしい。

そしてwikiのとおりなら次は興行を意識した?ジャック・ニコルソンの「シャイニング」。

これは制作費の数倍の収益で大きな成功と記されてあった。同時にキューブリックの知名度も高めたと。

興行的に成功を目指してちゃんとその通りになるキューブリックの商売センスもなかなかなものだなぁと感じました。

物語のバリーがチラリと思い浮かんだ。

博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか 2

こちらの博士役が三役をこなしているピーター・セラーズ

前回の続き。

登場する3役、博士、アメリカ大統領、イギリス大佐を全てピーター・セラーズが演じているという事を後で知った。

全く気付かなかった。

wikiに面白い話が載ってた。

戦闘機の構造はアメリカ国防総省の協力が得られず、他の戦闘機の写真を参考にコックピットを作って、撮影終了後にアメリカ空軍の幹部を招待したところあまりに正確で驚かれた。

あまりに正確なセットだったから美術チームがFBIの捜査対象になるんじゃないかと心配した。

そうそう、戦闘機のコックピットがとても細かい作りだったので当然本物内部で撮影したのかと思ってた。

スタッフもすごい。

笑えないかも

前回ではブラックで笑ってしまうと書きましたが、今の時代この映画のソ連が北○○に替わっただけでそう遠くない未来のシミュレーションなのかもと感じた。

そう思うとちょっと笑えない。

ヴェラ・リンの「また会いましょう」がなんとも皮肉

被爆国、そして最近の情勢的に笑えなくなってきてる作品ですが、だからこそ皮肉がリアルに効いていて一層面白く感じる作品になっていると思います。

面白く?!なんて不謹慎な!って感じる人もいるかと。笑

もうブラック中のブラックで私はとても面白い映画だと感じました。

↓ 9/8(火)〜13日(日)までの展示です。良かったら見に来てください。

(他の参加の方々の作品が早くみたい!)