先日の展示で出した一枚

桜が満開。

私にとっていちばん季節を感じるもの。

桜の満開を見るたびに今年も健康で桜を見る事ができたと感謝する。

おばあちゃん達が嬉しいとか感謝を感じる時、すぐに両手を合わせてスリスリする気持ちがようやくわかった。そうなるんだね・・・っていやいやまだ早い。

人生も折り返しを過ぎるとだんだんそんな気持ちになってくるんだと自分でも驚く。

当たり前の日常が実は全く当たり前ではないということがわかってくるから、ひとつひとつの出来事に感謝する。

それを気づかせてくれるもののひとつが私にとっては桜。

いろいろ思い出す。

母の後ろ姿、子どもと花びらで遊んだ頃・・

ノスタルジーに浸って少し泣けてくるという不思議な魔力をも持つ桜。

そろそろ花は散って、だんだん緑の葉っぱが出て、また散って、冬はつんつるてんになって寒さに耐えてるだけかと思いきやよく見るとちゃんと蕾が少しづつ大きくなって準備している。

コロナだろうがなんだろうが人間社会に振り回される事なくこのサイクルを淡々と繰り返す。

植物はすごいなぁなんていつも思う。

そういえば少し前、テレビで感染症専門家の北村さんが、緊急事態宣言の解除はまだ早いと。

「人はピンク色を見ると興奮するんですよ、桜を見に行っちゃうんですよ。だから解除はまだ・・・」と真剣に言っていた。

確かに。

桜の魔力に引きつけられる私たち。

今年は桜の下で大騒ぎしている人がいなかったからよけいきれいに見えた。

静かに見ている方がいい。

なんだかんだともう散る頃か・・

これがまたたまらん美しさなんだ。

花が散って緑の葉が顔を出し、自分の気持ちの切り替えも促してくる。

さぁーて!

街路樹の足元で今度はツツジが足踏みして待っている。

これも楽しみ!

ツツジの蕾がたくさん付いている公園の横に唐揚げ屋さんが出来た。

唐揚げでも買って帰ろう。

他人の評価

結果的によかった

自分が思っている自分と、相手が思っている自分とは差がある。

これは絵のはなし。

昨年2月、ちょうどコロナがだんだん近くに迫ってきたと感じる頃。

いろんな教室で講師もしているイラストレーターのUMさんに絵を見てもらえる機会があり、私の作品ファイルも見てもらった。

ファイルをわかりやすくするため側面に風景、人物・・というカテゴリーに分けた事務用のインデックスを貼って緊張しながら渡す。

まず作品を見る前にインデックスを見て、

「今、まだこれあるのね・・」とニヤッと笑うUMさん。

そして他の人たちに向けて、

「作品も大事だけど、印象に残るようなファイル作りも大事」と私の作品ファイルを掲げながら言う。

「あなた、つかみはOKよ」と言われた。

狙ったつもりは全くない。

ちょっと恥ずかしくなった。

インデックスを事務用のものではなく、もう少しおしゃれなタイプのものにするべきだった・・とその時後悔しつつもかえってそれが目に止まったらしい。

しかもその時描いていた絵は、映画の絵やファッション系の人物や洋服の絵が多く、オシャレ感を出していたつもりだったから余計に恥ずかしかった。

まぁ、結果的に良かったんだけど・・

ひと通り見てくれて最終的には「このままいきなさい、あなたの世界観が出てるから」とわりと評価してくれた。

嬉しかったけど、少し複雑な気持ちだった。

一昨年、雑誌の挿絵の仕事をした時、担当の編集Kさんから言われたのは「とにかくオシャレに描いてください」というオーダー。

題材が「痴漢」というテーマで、痴漢男を先入観ではなくKさんの注文通りオシャレに描いた・・・つもりだった。

何点かあるうちの1点の絵を見て、

編集のKさん:「これいい!このモテなさそうな感じが絶妙!」と言われて複雑になった。

・・・まぁ、結果的に良かったんだけど。

ここでもまた少し自尊心が傷ついた。

今その時の絵を見ると、編集の人が言っていたとおり確かにモテなさそうな男性で思わず笑ってしまった。オシャレにしているけどどこか痛い感じの。

時間が経つと見えてくるあるある。

今でもそれはよくあることで。

自分の絵の評価と、他人が見る自分の絵の評価のズレが面白い。

「他人の評価は気にしない」ということも大事だと思う。

私は、信念は持ちつつも人によってはアドバイスや指摘を素直に聞き、他人の反応や評価というものも時に指標にし、気にするのではなく楽しみたいと思う。

絵の具が余ったので、是枝監督映画「海よりもまだ深く」に出ていた真木よう子を描いてみた。

すばらしき世界

余った絵の具がもったいないので梅を描きました

朝のルーティーン

今朝もまた怒りました。

新聞を読んだ後はいい気分になったことがありません。

新聞だけではなくヤフーニュースやグーグルも。

政治、世界情勢、社会面の事件の数々・・・

どんより、時に怒りを感じ、不健康な朝のルーティーン。

じゃあ、見なきゃいいじゃないかって話。

しかし今起きている現実の事を知って、自分なりに考えること。それが大事だと思っていて。

だから朝はめらめらと怒ってます。

「すばらしき世界」

監督:西川美和

主演:役所広司

今公開中の映画。

いい映画でした。これはおすすめ。

役所広司がとてもいい。

長い刑務所生活を終えた主人公が、新たな生活に向けて頑張って行こうとする実話をもとにした作品。

一生懸命世の中に適応しようとする姿がとても不器用で真っ直ぐで泣けてくるし、時に笑ってしまうし。そしてあったかい。

西川美和監督の作品をいろいろ見てみたいと思う。

「蛇イチゴ」、「ゆれる」←こちらは役所広司がパンフレットでおすすめしてたので見てみたいと思う。

シネマトゥデイのYOU TUBE、西川監督のインタビューで役所広司を選んだ理由について、「役所広司さんを選ぶってずるいですよね・・でもこの作品、絶対に勝ちたいと思ったから」と。

そう、役所広司を選ぶのはずるいです。

いいに決まってるから。

でも役者の良さだけではない監督のあたたかい眼差しもなんかホッとします。

ちなみに三◯幸◯はもっとずるいです。

豪華俳優をふんだんに使う。

しかし、豪華俳優陣を並べるだけ並べてもいい作品になるとは限らないということを証明しました。(嫌いじゃないけどね)

朝は相変わらず新聞を見て怒ってますが、この作品を観た後、特に社会面を読んだ後はいつもと違った、ちょっとなんとも複雑な感情になった。

富士登山5(最終章)

富士登山4からのつづき(少し長いです)

夜の須走下山道

バイクのような車輌が通る音に向かって少しづつ、少しづつ、杖で先をツンツンしながら進む。

しばらく進むと今度は遠くの方から光がチラチラするのが見えた。

(誰か来る)

誰かが登ってくる。きっと夜から登って頂上でご来光をみる予定の人たちだった。

その光を見ただけで助かったーーと安堵。

もうこれで焦らないで大丈夫だと思った。

この安心感といったら。

そして懐中電灯を持った登山者と距離がだんだん近づいてきていよいよ至近距離になった時、その登山者が「ギャーー!」と悲鳴を上げた。

懐中電灯を照らしていた先に女の人の顔(私)が照らされたから驚いたのだ。

「人がいる!!」って言われた・・

もしかして幽霊?というような目で見られた。

そりゃそうだ。まさかこんな真っ暗な夜の富士山で懐中電灯を持たないで歩く人がいるなんて思わないだろう。

驚かすつもりはないんだけど。

続々と夜の登山者が増えてきた。

すれ違う度に悲鳴を上げられた。

だんだん増えてきた登山者たちの懐中電灯の光で足元が見えてきた。

すれ違う登山者は、私を異様な目で見ていた。

そしてなんとか助かった・・という安心感。

安心したところで足が棒のようになっているのがわる。

疲れた足を「足が棒のようになる」と表現がある。本当に棒みたいになって曲がらない・・。

あの時から何十年もたった今、足がそんな風になった経験はない。

人の多さでもうすぐ5合目だと感じる。

思うようにコントロールできない棒になった足で少しづつ進んだ。

今何時だろう・・。

やっと時計も見えてもうすぐ9時。

そんなこんなでやっと5合目。

5合目到着(なぜか御殿場)

帰りのバスもない。タクシーもない。

お土産屋も観光案内も全て閉まってる。

どうやって帰ったらいいんだろうと途方に暮れそうになった時、一軒のお土産屋のシャッターを閉めているおじさんがいた。

そこへ躊躇なく飛び込んだ。

一連の事情を話して、宿、タクシーを紹介してほしいことを伝えた。

おじさん:「昼に登って夜下山って・・・無茶苦茶な。そんな人初めて見たわ。よく怪我もしないで下山できたね・・」と穏やかに言っていたのも束の間、

「山を舐めてる!!あんたは山を舐めてる!」

怒られた。

その通り。怒られて当然でした。

そのお土産屋のおじさんから宿一覧表を見せてくれた。

その時初めて自分の場所が静岡の御殿場5合目だと知った。

あれ?山梨から登ったはずなのになぜ静岡にいるんだろう。

まぁいいや。

電話を借りて宿表の上から順番に電話をし何軒目かで予約がとれた。朝食付き一泊5千円以下だったと思う。おじさんがタクシーを呼んでくれてなんとか下山することが出来た。

ちなみに5合目まで迎車、そして御殿場の宿までタクシー代1万円くらいかかってクラクラしたのを覚えている。

宿到着(宿名も場所も覚えてない)

古びた安宿に到着し、そこの女将が私の姿を見てなんとも不審そうな顔で見られた。ものすごいドロドロの格好の若い女の人が杖持って変な時間帯に宿に来るって。変に思うのは当然だった。

女将「お風呂もお湯が少ないかもしれませんけど入ります?」

私「入ります!」

少なくなったお湯に体を平ぺったくして入った。それでもあったかくて「あ〜〜〜助かった〜〜」って初めて体の緊張が取れて心底ホッとしたのを覚えている。

怒りの電話

そして部屋からうちに怒りの電話。

「お父さん!お父さんが富士山なんて日帰りできるって言ったから登ったんだよ!そしたら大変な目に遭って・・・・」

それから何を言ったか覚えてない。とにかく怒りを父にぶつけた。

こうなったのは父のせいだ!と責任を押し付けた。

今思えば悪いのは明らかに自分。

父は無謀な登山をしたことに呆れながらとりあえず無事だったことに安心し、私の怒りに対して「俺そんなこと言ったか??俺が登った時は8合目で山小屋に泊まったぞ!」

なんだって!!

8合目で泊まったあ???

父が晩酌しながら呟いていた言葉がオーバーラップしていた。

(富士山なんて1日で登って降りて来れる・・・)

確かに父は一言も自分が登った時のことは話してない。飲んでた勢いであんな言葉が出てしまっただけ。しかしなぜあの一言を真に受けて富士山に行こうと思ったのか・・。

だから今、子どもの前ではいい加減なことは言えないなと気をつけている。

あれから何十年も経った今、まるで武勇伝を語るようにブログに書く「今」があってつくづく生かされたんだなぁ・・と思っている。

<運が良かった3点>

1.天候が良かったこと。

2.下山が砂地の多い須走下山道だったこと。(真っ暗の中、岩場の下山道はかなり危険)

3.杖があったこと。(先に何があるか、そして無いかがわかる)

もうあんな無茶なことはしないけど、リサーチもしないで思いつきですぐに行動してしまうところは今も変わってない気がする。

次の朝旅館を出て、なぜ山梨からスタートしたのに静岡にいるのか疑問に感じながら行きの中央線ではなく新幹線に乗って東京へ無事帰りました。

(1週間ほど全身が痛くてバキバキだったのを覚えています。)

そして翌年の夏、富士山から見たあの壮大な景色が忘れられなくて、性懲りもなくまた富士山へ旅立つのでした。

おわり。

(長くなってしまいました。読んでいただいてありがとうございました。)

富士登山 4

富士登山 4

前回「富士登山3」からの続き。

(思い出しながら書いていたら思った以上に長くなってしまいました。

次回で終わりにしたいと思います。💦)

9合目から頂上へ

「すいませーん、すいませーん」と後方から男性の声。

男性:「これからどういう予定で?」

なんで知らない人に自分の予定を知らせないといけないのか・・と一人だったから余計に警戒。

こんなところでナンパか??そうも思ったりした。

一応答える。

「頂上へ行って今日のうちに下山します」

男性:「懐中電灯は持ってますか?」

(もし借りたら高額請求されるかもしれない・・)

一人だったから変なとこ警戒していた。

今思えばあの男性はきっと山の警備をしていた関係の人だろうと思う。

(ナンパとは!💦)

懐中電灯を貸してくれようとしていたのに私はキッパリと「いいです!」と断った。

男性:「気をつけて下山してくださいね」と。

そして黙々と一人で頂上へ。

鳥居が見えて来た。

(もうすぐだ)

誰もいない頂上の古びた鳥居はこの世とあの世の境を感じさせるなんともいえない入り口のようにも見えた。

頂上

やっと頂上!

寒すぎる!!

季節は真夏だけど真冬の格好が必要だったと改めて大後悔。

今日本で一番高いとこにいるのは私だ!

頂上に私しかいない!これってすごいことだ!

一生懸命満喫しようとしたけど実際はとても不安で怖かった。

何が怖いって目の前の火口がデカすぎて怖い。

どこからともなく地響きするようなゴーーという音。

今、うっかり火口へ足を滑らせたら誰も助けてくれない。そんな諸々の恐怖。

そして郵便局があったのに驚いた。ここから手紙を書いて送れるようになっていた。でも夕方だったからもう閉まっていて誰もいない。

ちなみに今は頂上にも山小屋があるらしい。

当時の頂上には神社と郵便局、他には何もなかった。

寒いし、空はオレンジ色が濃くなり日が暮れ始めている。そして火口は怖いし、もう一人が怖すぎて20分くらいの滞在で下山することにした。

須走下山道

登山道とは違う下山道専用がいくつかあるのもここで初めて知った。

(どこから降りようか・・)

で、適当に降りた。

後にその適当に選んだ下山道で良かった。

須走下山道と言って道のほとんどが砂地でザクザク降りて行けるところ。

岩がたくさんある富士宮下山道だったら今ここにいなかったかもしれない。

しかし途中で別れる道がある。どっちに行こうか迷って案内板も暗くて読めない。なので適当に進んだ。結果、山梨側から登ったのに静岡側へ下りたことになった。

もし進んだ道と違う方向を選んでいたら元の山梨側へ進んでいたということが後からわかった。しかも山小屋もあった。😭(全ては調べなかった自分が悪いのです)

とにかくザクザク降りた降りた。ひたすらザクザクと。

空はだんだん暗くなる。焦る・・

そんな時、上から男性一人が下山して来るのが見えた。

この人がどんな人なのかちょっと怖いけど一人ではないという状況がだいぶホッとする。

だんだん距離が近づいてきて怖いけどホッとする。でも怖い。そんな複雑な感情。

そしていよいよ並んだ時に「こんにちは」と挨拶することなく、私を抜かしてどんどん降りていってしまった。

喉元まで「一緒に下山しませんか・・」って言いかけたが言えなかった。

そうだ、この人のペースについて行こう!そう思って頑張ったけどとても早くてどんどん離れてその人はとうとう見えなくなってしまった。

だいぶ歩いたと思って斜面を見下ろすと、まだまだ果てしなく続いているジグザグ道を見てクラクラきた。

そしてとうとう日が暮れて足元も見えないくらい真っ暗になった。

月の明かりだけが微かに頼り。

6合目で買った杖で先をツンツンしながら道を確認して少しづつ進む。

ツンツンしたところがスポンと何もないと斜面だとわかる。

危険。

この杖買って良かった、と改めて思った。

さっき9合目の途中であの男性の言う通りに懐中電灯を借りていれば、と大後悔した。

ナンパじゃなかった・・

下手に動いて斜面から滑落する危険もあることを思うとこのまま動かない方がいいのかもしれないと判断。

夜が明けるまで待とうと思った。

しかしとにかく寒い。

リュックを胸に当てて体を丸くするけど耐えられない。

少しづつでいいから前に進もうと思った。

杖で前をツンツンして道を確認しながら座頭市みたいになって進んでいたと思う。

すると近くでもなく、遠くでもないあたりからバイク?が通る音が聞こえた。

(道がある!)

そこまで行けば助けを求めることができる!と希望が見えた。

(今の時代だったら携帯で助けを求めていたと思う。当時は携帯なかった・・)

つづく。

(次回で終わりにしたいと思います。)

富士登山 3

富士登山 3

8合目へ

富士登山2からのつづき。

ほどよくお腹も満たされて、さあこれから8合目を目指してがんばるぞ!と飴を一つ口に入れて歩き始める。

ここがまたきつかった。

というより上に行けば行くほど勾配も急になっていくのでキツさが増す。

酸素もだんだん薄くなっていくので登山者の中には缶のような携帯できる酸素を取り出して呼吸している人もいた。

酸素は薄い、勾配はきつい、7合目から8合目はとても苦しかったのを覚えている。

(私は今日のうちに頂上へ行って下山して東京へ帰らなければならない)

今考えたらなぜ日帰りにこうもこだわっていたのか。もっと柔軟になれなかったのかと思う。

6合目で購入した杖がとても役に立っている。この杖なしには8合目まで行けなかったように思う。

こんなに苦しくて頂上まで行けるのか・・不安になった。

もう断念しようかと思いがよぎったが、せっかく早起きして来たんだし富士山来て頂上行かなかったら何の意味がある??しかも頂上すぐそこに見えてるし。

そんな風に思い直して振り絞って頑張ることにした。

杖に体重をかけながらヨレヨレになった仙人のように這って上へ行く。

あともうすぐで8合目。

周りの登山者も皆無言だった。

そしてようやく8合目到着。

倒れ込むように椅子に横になった・・少し休憩。

長椅子の上で仰向けになると空が広すぎて怖い。木や山や建物や鳥すら見えない空がこんなにも怖いというのを初めて知った。

そしてその空が少しオレンジ色になってきたのがさらに不安になった。

寒い・・。

リュックから薄手のパーカーと長袖のTシャツを着た。もうこれしか持ってなかった。

真冬のダウンジャケットくらいの厚手の上着が必要だったとこの時点で後悔した。

(早く登らないと今日のうちに下山してうちに帰らないと行けないから・・)

もし誰かと一緒に登っていたら、その日のうちに下山をすることにこんなにもこだわってなかったかも知れない。

もっと客観的で柔軟な考え方ができたかも知れないとこのブログを書きながら今更ながらそう思う。

ほんとんどの人が8合目で宿泊

8合目は宿泊もできる大きな山小屋がある。食事だけでなく、予約を入れていた登山客が大勢中に入っていった。

山小屋で売られている普通のラーメンがびっくりするような値段だったのを覚えている。

そりゃそうだ。水やら材料をこんな高いところまで持ってこないといけないわけだから。

大勢の人たちはここで泊まって夜中の2時頃からまた登り始め、頂上でご来光を見る。そんなコースの人が多いと知った。

(ゆっくりしてられない・・早く行かないと日が暮れちゃう)

変な焦りを感じ始めていた。

9合目へ

そしていよいよ9合目に向かって歩き出したのはいいが、たくさんいた登山者がチラホラと数えるほどしかいなくて急に不安が増した。

(あれ?あんなに大勢いたのになぜ?)

なぜ?という疑問はきっと8合目で泊まる予定の登山者側の方だろう。「なぜ夕方に頂上へ行くの?」と。

勾配はMAXにきつい。酸素は薄い。もはや修行。

振り絞る体力で何とか9合目に到着。

ゴツゴツとした岩ばかり。草も生えてない。視界の半分は斜めの大きな岩山とオレンジ色の空だけ。

人の会話も聞こえない。カラスの鳴き声もない。シーンとして不気味な静けさ。

9合目にも小さな山小屋があった。

ちらほらだった数少ない登山者はそこに入っていった。

そしてゆっくり休憩もしないでクタクタな体を起こし、とにかく増していく焦りからすぐに上へ向かった。

(早くしないと日が暮れる・・)

そしていよいよ頂上へ

あれ??

登る人が誰もいない。

あのちらほらと数えるほどしかいなかった登山者は9合目で夜を過ごすらしい。

頂上を目指すのはたった一人、私だけだった。

つづく

(もっとコンパクトに書くつもりが、いろいろ思い出してしまってまた続いちゃいました・・スイマセン💦)

前回の記事↓

富士登山 2

富士登山 2

思いつきで決めた登山道

前回のつづきです。

早朝の西武線、そして中央本線に乗って大月駅まで約2時間半、3時間くらいかかったと思う。

そこからバスで富士五合目へ。

なぜ静岡側の御殿場からではなく山梨側の大月を選んだのか。

選んだ理由も深い理由はない。

ただ中央線の方が馴染みがあったから大月を選んだのです。

静岡側、山梨側とそれぞれの登る景色や山道を調べたりとか、そんな下調べもしないで全て何となくの思いつきで決めたわけです。

山の怖さは天気の急変

そして、さぁ登るぞと思った時刻はすでに11時近かった。

五合目はほとんどが岩山。

後に登り始めた登山道が初心者向けと言われている吉田ルートだとわかった。(結果的にそこでよかった。そのことすら調べていなかった)

注意書きには、落石の原因になるので石を投げたり蹴ったりしないでくださいと張り紙があった。

五合目登山口の横に神社があって無事を祈って参拝し、いよいよ開始。

同時間に登る登山客数はけっこういて、皆お喋りしたり撮影したりワイワイ。

登る者と下山する者とすれ違うときは「こんにちは」と声をかけ合っていて登山のルールみたいなものがあるんだと少し驚いた。

私も小さな声で「こんにちは・・」と。

6合目まで1時間もかからなかったように思う。しかし6合目に着いた時けっこうきつくて休憩所のようなところで杖を購入。

6合目でこんなに疲れてしまって、しかも今日のうちに頂上へ行ってそして下山して東京へ帰る計画にちょっと不安になった。

そして後に、ここの休憩所で買ったこの杖がとても役に立ったのはもちろん、命の恩人ならぬ恩杖となった。

6合目から7合目・・だんだん岩も大きくなっていて山の勾配も急で同時刻に登っている人たちからもお喋りが消えて無言になっていた。

すると山小屋の人なのか誰なのかわからないけど男性の声で「もうすぐ大きな雲が来るから急いで上に登ってください!」と。

横を見ると大きな大きな黒い雲がだんだんこっちに向かってくる!

(え!この雲が来たら一体どうなるっていうの??え?え?)

とにかく急いで岩をよじ登って上へ向かう。

下の方で誰かが「もう登れない・・無理よ無理」「がんばれ!」と声が聞こえた。

またさっきの男性の声で「早く、早く上へ行ってください!」と。

黒い雲をあんなに真横で見たのは初めてでとても不気味で怖かった。

なんとか必死に登って雲から逃れることができた。

しばらくするとその雲から逃げ遅れた人が7合目に到着してその姿を見たら全身びっしょり。風と雨がすごかったらしい。山小屋のベンチで着替えたりタオルで頭を拭いたり横たわったり疲れ切っていた。

山って怖い・・・。その時思った。

私は軽装、しかも着替えすら持ってなかったからその嵐に巻き込まれていたら大変なことになっていた。

そんな黒い雲の上空は真っ青な天気。

今下界では大雨降ってるんだなぁと、自分だけ徳をしているようなそんな気分だった。

雲がなくなると山梨県が一望できて、その景色の美しさときたら。

富士山の大きな三角の影が山梨県を覆っている。山梨県の人々は今富士山の影に覆われていることをわかっているんだろうか、なんて思い、そしてその壮大な景色を岩の上から仁王立ちして眺め、まるで世界征服したかのような錯覚すらした。

あれは忘れられない素晴らしい景色だった。

「来てよかったーーー」と、岩に座って持参のおにぎり食べながらその時まではそう思っていた。

つづく

前回の記事です↓

富士登山

富士登山

18才の頃、一人で富士山に登ったことがある。

突発的にやりたいことを思いつき、すぐに行動してしまう。

一見すると行動力があっていいように見えるが、しっかり準備や下調べをしないと失敗や危険を伴うことが多い。

そんな当たり前のことが欠けていた。

「富士山なんて1日で行って帰って来れる」

富士山を会社の人と登った経験のある父が晩酌しながらいい気分になって「富士山なんて1日で行って帰って来れる・・」と言っていたことを鵜呑みにした。

情報はそれだけで夏休みに富士山へGO。

持ち物はおにぎりとチョコレートと飴と水筒と薄手のパーカーを小さなリュックに詰めて。

まるで遠足。

8月だったので半袖にジーンズ、靴は普通のスニーカーで。

今思えば自殺しに行くようなもの。

朝出発して、登って下山して、夜には東京に帰ってくるつもりだったのです。

もう危険極まりないおバカっぷり全開です。

「思い立ったが吉日」という言葉があるけどその言葉はしっかり調査、準備があってのことです。(自分に向けて)

結論を言うと、

死ぬかもしれない・・本当にそう思ったのはこの時初めて。

富士山は世界の山と比べて比較的登りやすいと言われているけど想像以上に大変(あたりまえだ)

舐めたらとんでもないことになります。

(とんでもないことになりました)

とにかく生きて帰ってこれたのが奇跡。

本当に奇跡でした。

あの頃はまだ携帯電話がなかった。もしあったら助けを呼んでいたと思う。とんでもない迷惑登山客です。

今でもたまにニュースで当時の自分のような軽装登山でレスキュー隊に助けられる様子が報じられているのを見ると、本当に恥ずかしくなるのと、助かってよかったなぁと心底思う。

生かしてもらった命を大切に、それからというもの「生」というものを大事に生きていこうと日々思っています。

つづく

●ぜひ反面教師として読んでもらえたらと思っています。

卓球 美誠選手

伊藤美誠難しい・・・

強気な姿勢、そしてどんな状況にも楽しむことを忘れない前向きさとメンタルの強さにはもう尊敬。

2018年の世界団体戦では突然、韓国と北朝鮮の南北合同チームが結成され、そのルール変更に批判があった中、この選手は「面白そうじゃん」と。

「強いチーム同士が合体して一人一人がエース級なんで」と。

憂慮するどころか面白そうだと。

自分もこういう思考のあり方になろうと思う。

そして見事に勝利の結果を出したのは本当に素晴らしい。

たとえ負けたとしても素晴らしい。

先日の全日本卓球選手権は石川佳純選手に惜しくも負けてしまったけど見応えのある試合だった。

石川佳純選手も素晴らしかった。

あの粘り!

古いと言われながらも見事に諦めない粘り強さでの勝利は心を動かされた。

前半、美誠選手が主導権を握っていたから流れとして当然手応えを感じていたんだろうと思う。

しかし、

ここがスポーツの面白いところ。

「勝つと思うな思えば負けよ・・」そんな歌どっかで聞いたことある。

スポニチの記事に美誠選手のコメント、

「ラリーが続いたのが楽しかった。ただ決まったと思ったボールが帰って来て足が動かなかった。どんな試合でも勝てるように力をつけたい」と涙を流しながら話た。

これを読んで「ラリーが続いたのが楽しかった・・」と試合後、悔しさでいっぱいの中でも「楽しかった」という言葉が出る冷静さ。

楽しんだ点、そして改善点をすぐ言葉で語れる賢さ。

美誠恐るべし。

「面白そうじゃん」

そんな思考のあり方でいたい。

開くほどでもない話

其の一

コンビニで購入した500mlのハイボールを水筒に詰め替えているおじさんと目が合った。

ホームでゴクゴク。

あたかも水分補給するかのように爽やかに昼から飲んでるソレは私だけが知っている。

其の二

うちの近くに美味しいパン屋さんが出来て連日行列。

私の前に並んでいた70代くらいのお二人の会話。

A「やっぱりね、パンの香りが違うのよ」

B「そうそう、うちはね豆の入ったパンが好きでよく買うの」

A「サンドイッチも美味しいわよ」

B「あれはパンが硬いでしょ」

A「うん、でも美味しいわよ」

少し世間話・・・

そして、

A「やっぱりね、パンの香りが違うのよ」

B「そうそう、うちはね豆の入ったパンが好きでよく買うの」

A「サンドイッチも美味しいわよ」

B「あれはパンが硬いでしょ」

A「うん、でも美味しいわよ」

デジャヴ。

私も家族から「その話聞いた」って言われることがある。「その話聞いた」って言われなかったら私もまた同じ話をするんだろう。

ツッコミのいない漫才はきっとこんな感じに展開していくんだろうと、列に並びながらあれやこれやと漫才について考えていた。

もとに戻すことなく、流れるがままに身を任せた会話劇。

続けて、

A「あら、こんにちは」

C「どうも・・」

B「あの人(Cのこと)上着も着ないで寒くないのかしら」

A「あの人中にいっぱい着てんのよ。ゴミ置き場の掃除するでしょ、上着着たら動きにくいんだって」

A「パンツ5枚履いてるって」

5枚!

3枚までならわかる。5枚とは!

「恐れ入谷の鬼子母神」

「びっくり下谷の広徳寺」

「驚き 桃の木 山椒の木 狸に電気に蓄音器」

寅さんだったらどれかの言葉を言ってただろう。

以上、今回は書くことが思いつかなかったので近所での出来事を書いてみました。

どうでもいいような話でした・・(いつもか)